自分が自分であって何が悪い?

 昔から、子供の頃から思っている事があった。

自分はどこの文化にも所属したくない。どこの文化にも染まりたくない。

自分は生まれ持った自分のままでいたい。


幼い頃の自分にとって、文化に染まるという事はある一定部分で自分の人間性を封じ込めるということの様に思えたからだ。

それは今でも変わりなく感じている。

親の意見に染まる事。家庭の環境に染まる事。学校の同級生に合わせる事。集団に合わせる事。

私が産まれた時代、場所における、どこかの誰かが作り出した世間や常識や慣習とやらを自分の中に取り入れる事。

それを私は拒絶して生きてきた。

幼い頃、自分が自分の趣味趣向を出せば出すほど、同級生から乖離して行った。

自分を出すのが非常に怖かった。

中学生の頃になると、あまりの恐怖心に、何が自分の趣味で、何が他人の意見なのかの区別が出来なくなっていった。


その結果どうなったか?

どの社会にも染まりたくない自分は、今この社会に所属できなくなった。

世俗的な母から壮絶な虐待を受けひきこもり 、ひいては統合失調症になった。


天敵はすぐ側にいた。

世俗的にものを考え、世間体が全て、他人と自分が常に同じでないと気が済まない母親だった。


今でもそう。

何故、自分が自分であっちゃいけないんだ?

私は、服装もインテリアも1900年代の様式が好きだ。

今度はインテリアを1900年代くらいの様式にしようと思っている。

それでも何故か罪悪感が拭えない。

母親から責められると、ファンネルである他の家族からも責められるのだ。

自分が自分である事が、自分の趣味を謳歌する事が、何故いけないんだ?

私は私でありたい。

自分が自分でありたいだけじゃない。自分が選んだ物に囲まれて生活したい。

インテリア然り、オーディオ然り、他の趣味然り。

私は私の選択した物と共に暮らしたい。

これ以上決して母親の好みの生活はしたくない。

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